現在の柵橋。今でこそコンクリート製の橋が架かり車で渡る事もできるが、維茂が渡ろうとしたときは裾花川に橋がなく、倒れた木が柵(しがらみ、即ち文字通り「さく」のこと)のようになっていて難なく渡る事が出来たという。
橋の欄干にあるプレート。謡曲「紅葉狩」には「げにや谷川に風の掛けたる柵(しがらみ)は流れもやらぬもみぢ葉を、渡らば錦中絶えんと」と謡われている。「柵」という地名はこの伝説に基づくものだという。
柵橋より上流を望む。この橋は谷の低い位置に架かっているため、深い谷川であるにも関わらず水面が近い。
柵橋より下流を望む。
柵橋のたもとにある芭蕉の句碑(左の細長い石碑)。「蜀魂(ほととぎす)声横たふや水の上 芭蕉」と刻まれている。明治から大正にかけてこのあたりでは俳句が非常に盛んで、その頃に建てられたもの。碑の右には六地蔵が並んでいる。
句碑の左下には「紅葉狩古跡」と刻まれいる。|
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柵橋の場所は左の地図の通り。なお、左の地図では、柵橋の東岸で道が途切れているが、実際には国道と繋がっている。もちろん自動車も走行可能。 |