─作並温泉─

 宮城県の県庁所在地にして東北最大の都市、杜の都仙台。政令指定都市昇格の際、数多くの市町村を合併しているため、その面積はかなり広い。その北西部、山形県境にほど近い、鬱蒼とした森と渓谷が美しい山間部に名湯・作並温泉がある。
 ここは約一二〇〇年の昔に行基が発見したといわれる古湯で、仙台藩の許可を取り温泉郷として開かれたのが一八世紀末。またこの地方はかつて丸子(まりこ)と呼ばれており、その地名は丸子部という古代の氏族に由来するという。丸子部は古代朝廷に重んぜられた海洋民族和邇氏の配下とも和邇氏そのものとも言われ、出雲神族にも連なるという国津神系の氏族である。出雲の主神大国主命は温泉の神でもあり、その関連が示唆される古代からの霊湯なのである。おそらくは行基の時代以前からこの地の原住民たる蝦夷にも神聖視され利用されていたものだろう。蝦夷であるにも関わらずその才を買われて高い官位にまで登った道嶋氏も丸子部に連なる。
 そのかつての丸子、作並温泉は現在では宮城有数の温泉地で、渓流沿いに大旅館が数件建っており、それぞれ凝りに凝った湯船を用意しているが、山間部ということもあって、全体的には落ち着いた佇まいを見せている。どの旅館も概ね日帰り入浴営業を行っているが、高級旅館が多いため料金は比較的高めで、日帰り入浴の営業時間も短い。其の分施設は非常によく整っているので、宿泊で訪れるか、日帰りであれば長時間のんびりしたいところ。日帰り入浴でも予約が必要な場合もある。
 今回筆者が訪れたのは「一の坊」。作並温泉の中でもかなり上流の方にある旅館で、他の旅館の日帰り入浴が午後二時~三時頃で終了してしまう中、ここは午後十時まで営業している。玄関から一歩中に踏み入れると和風建築を現代風にアレンジした豪奢な造りで、それでいて敷居も高くはない。館内も広く、凝った内装の迷路のような長い通路を通って浴場に行く。浴場も多数用意されていて、男女別の内湯大浴場「丸子の湯」、時間帯により男女の利用が分けられる露天風呂「広瀬川源流露天風呂」「鹿のぞきの湯」(上の写真)のほか、宿泊者や会員専用の貸切風呂もある。料金は一三〇〇円と高めだが、施設の豪華さを考えれば当然であろう。源泉は三つあり温度や噴出量が違うが、成分はどれも同じ弱アルカリ性で、浸かると肌がスベスベになる。大浴場は一部循環式のため塩素殺菌などもしているが、露天風呂は掛け流し。
 なお、作並温泉は温泉はこけしの産地としても有名であり、いくつかの工房や販売店が店を構えている。旅館内にもおみやげとして売られているが、素朴な工房直営店でお気に入りのこけしを探すのもいいだろう。こけしは木地師の文化であり、この地が「山の民」の居留地であったことを思わせて興味深い。ほか、秋保大滝など周辺には見所も多く、一応仙台市内ということもあるので仙台の観光拠点として使うことも出来るが、仙台市内は道路がかなり混雑するので考えものではある。特に松島方面ともなると距離も結構あり、裏道でも混雑する。山形県の天童や山寺(立石寺)までの距離は仙台市街までとほとんど同じで、それほど道も混雑しないので、これらの場所の観光拠点としては非常に有効だろう。
 さて、この作並温泉で、平成十六年八月に不祥事が発覚した。舞台となったのは、旅館が建ち並ぶ温泉郷よりも少し上流の、鬱蒼とした森の中に孤立して建っている「山水亭」なる旅館。八月十七日に作並の温泉組合の会合で、山水亭が自ら、井戸水を使用しているにも関わらず温泉と偽って営業していたことを明らかにし、温泉組合を脱退したのが事の発端。そして翌日になると、山水亭を経営する会社の社長から平成十三年の調査で温泉と判明していると、いきなり前言を撤回。宮城県薬務課の調査で確かに源泉温度二五度以上の温泉であることが判明したが、同時に温泉の無許可営業も発覚した。
 作並の場合、温泉を営業をするには仙台市の許可が必要で、掘削には宮城県の許可が必要となる。今回無許可営業が発覚した訳だが、掘削の方は既に時効(三年)となっている。山水亭は平成七年の開業だが、無許可掘削・営業を県が指摘、源泉を使わないよう行政指導を受け、翌年ポンプや配管の切り離しが確認されている。しかし平成九年以降再び利用していたということである。また山水亭が源泉を掘削した場所は私有地ではあるが、県の温泉保護地域に指定されており、温泉資源保護のため新規掘削が禁止されている場所でもあった。
 白骨温泉のように入浴剤を混入したり、伊香保温泉のように水道水を沸かして温泉として営業するよりも、無許可で温泉を営業したり本物の温泉を井戸水と偽ったりする方が法律的にはずっと重い罪に当たるので、山水亭とそれを経営する会社には宮城県警による強制捜査が入った。一度指導を受け埋めた温泉を密かに再利用しているといった悪質さに行政も堪忍袋の緒が切れたのだろう。県及び市の聴取に対して山水亭経営会社の社長は、生活用水のための井戸を掘っていたら温泉が湧いたとか、温泉再利用の時期は従業員が勝手にやったことなので知らない、などと説明しているようだが、典型的な苦しい言い逃れにしか聞こえない。なお社長のいう「井戸」は三五〇メートルの深さがあり、井戸としては深すぎることが指摘されている。山水亭経営会社は県に改善計画書を提出し、原状回復を求める県の指導により源泉の埋め戻し作業を行っている(八月三十一日現在)。
 筆者は八月二十九日に問題の山水亭を訪れてみた。旅行誌等にも掲載されている高級旅館だが、作並温泉の他の旅館とは隔たった山中にあって、密かに温泉を掘削したり営業したりするには申し分ない立地。そ知らぬ顔で日帰り入浴したい旨を伝えたところ、二名の女性従業員が出てきて応対してくれ、結局断られたのだが、その理由が微妙に食い違った。年配の従業員は「現在工事中で九月一日から再開するので」と言い、若い従業員は「日帰り入浴は午後二時半までなので」という。まあ九月一日以降で午後二時半までに来いということなのだろうが、目が泳いでいるところからして明らかに狼狽している様子だった。こちらが不祥事について本当に何も知らないのか、冷やかしなのか定めかねた結果、そのようなしどろもどろの回答となったのだろう。しかし県の発表では工事は九月七日まで続くということなので、いずれにしてもとっさの出まかせであることは間違いないと思われる。現在山水亭では湯船に沸かした水道水を注入して営業しているとのことだが、誰か工事完了までに宿泊した人の話を聞いてみたいものである。従業員の口ぶりでは宿泊者ならば入浴できそうなことだったが、実際に宿泊予約をして断われるかどうか確かめてみたいところである。


一の坊の内湯大浴場「丸子の湯」。

丸子の湯の案内。丸子部と出雲の関係が語られている。


一の坊の湯船へ続く道。凝った内装と迷路のように長く入り組んだ道が楽しい。

一の坊の外観。広瀬川の渓谷沿いに建つ。

温泉を井戸水と偽り、結果無許可営業が発覚して問題となった山水亭。

作並温泉を貫く広瀬川の渓谷。岩肌と緑が美しい。


作並温泉名物のこけし。一の坊近くの平賀こけし店で購入。店舗内に工房があり、職人が制作に励んでいた。

<作並温泉>(鶴の湯1・2号泉、鶴の湯3号泉、亀の湯)
所在地:宮城県仙台市青葉区作並温泉
泉質:ナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物泉(低張性アルカリ性高温泉)
泉温:45~68℃
湧出量:45~120リットル/分
PH値:8.2

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